19:30 に10コマ目の数学が始まった。マイクで指示すると生徒達は慣れたもので一斉に同じ問題に取りかかる。紙と鉛筆と消しゴムの音だけが相変わらず心地よい。15分程経ったところで鉛筆の音に変化がある。躓くところだ。そこで必要な公式を黒板に書き、考え方の糸口を簡単に説明する。するとまた心地よい音だけが響き渡る。静かな空間では、状況の変化は音で分かる。窓の外はもう真っ暗だ。暗闇の中にぽつんと存在するセミナー室の空間は昼と違った意味でまた落ち着く。生徒達も昼と別の顔をしている。家での表情か、生徒との距離が少し近い。何名かは頭に大きなタオルをかぶっていた。風呂上がりのようだ。クーラーが効き過ぎて風邪をひかなければよいが。別の音は、心地よい音の中でちょっと場を乱す気がして遠慮した。ここは意欲をもって主体的に学習に取り組む鍛錬の場である。気づくと20時を廻っていた。突然に彼が後ろから黙って入ってきて僕の横に立つ。僕は予想していた。きょとんとした生徒の様子にマイクで「S本君です。」と紹介する。「え、あ。」と彼は応じる。生徒達は突然の出来事に目を丸くしていた。一年以上授業を受けてきて「S本君です。」で通じない生徒達は僕にとって素人の集団だった。全くの未熟者であった。少し彼の説明をしてマイクを渡す。
セミナーハウス(その9)

