セミナーハウス(その7)

味のあるとはとても言い難い数式の山の中に必ず鍵となる要素が含まれていて、何より答えが一致した。そこからも普段の彼の学習量は充分に想像できるが、いわゆるミミズの這ったようなしかし数学が得意な生徒に有りがちな字を育ててきた環境に興味があった。春に蕨や薇を、秋に茸や松茸採りを楽しんでいる素朴な感じのご両親とお聞きした。彼はY形村からM市内の高校に通い、担任はサンダーだった。そういえば、彼の卒業後、サンダーがS本の母親から松茸を頂いたということで、市内の小さな小料理屋でその松茸のご相伴にあずかった。よく味わって食べるようにと煩いこともついでに言われた。そういえば彼は何か部活動をやってただろうか。ともあれ間違いない、あのS本だ。そして、当時の彼との最後の会話が浮かんだ。ん、あ、合格でした、どうも。と記憶する。とびっきりの笑顔だった。そういえば彼は一度問題をもって僕の所へ来たことがある。質問に来たのではない。解いてみろというのだ。確か金沢大の問題だった。その場で解いてみせると、彼は「ん、あ、え?」と一言余計だった。頭の中は解けなかったときの言い訳もしっかり同時進行で準備していたがたまたま解けてよかった。ところで、筆跡と同じように彼の反応に特徴があり意外に歳をとっても僅かながら残っている。

サンダーはそろそろ中期高齢者だと思うのだが、まだ現役でどこかの学校に勤めているとうわさで聞いた、予てから尊敬している。それに対して僕は教員をさっさと卒業してやりたいことを始めようというのだから我が儘だ。妻はあなたはやりたいようにしなさいという。

コメント